milleperleの日記

26歳OLが脱サラしてイタリア料理留学するまでを綴ります

最近のインプット。変化しないことが怖い。

こんにちは。

また在宅勤務がはじまり、通勤時間の分がインプットに充てられて

充実しています。

 

ネットフリックス

食べて、祈って、恋をして(原題:Eat Pray Love)』

 主人公が自分探しのために、イタリア・インド・バリを旅するというあらすじで、シンパシーを感じたので視聴。

原作は、エリザベス・ギルバート、主演はジュニア・ロバーツ。

 仕事、結婚を経た30代のジュニアロバーツが、人生に満足できていない自分に気づき、離婚をしてから1年間の旅に出る。はたから見たら順風満帆でも、本人にとっては「このままではいけない、いたくない」という基準があると気付いた。

 この作品で描かれるイタリアは、とにかく性の無法地帯のようでおどろいた。(ちなみに2010年の作品)全世界共通でイタリアに対するイメージは、LOVEのよう。作中、イタリア人の生き方として、「何もしないことを楽しむ」「快楽は悪じゃない」と描かれていた。

 自分を表す言葉はなに?と聞かれたとき、ジュニアロバーツは、良い娘だったけど、良い妻ではなかった、今はライターの自分しか残っていないと語る。それに対して、「それは職業だから、あなた自身を表す言葉を見つけないとね」といわれる。

 私だったらなんと答えるだろう。「刺激を求める遊牧民」にしようかと最近は考えている。

 映画自体は、結局、恋をして終わるだけど、そのへんが私との違いというか、「あれ?結局恋しないといけないの?」って。自分探しした結果が、恋なんだ~~へ~~って。私のこの恋に対する軽視も、イタリアに行けば少しは変わるのかしら。

 

恋するベーカリー

 メリル・ストリープ主演。2009年

 パン屋さんの話かと思って見てみたけど全然違った。洋画はそんなにたくさん見るわけじゃないけど、そんな私でも何度も目にするメリルストリープ。マンマミーアとか、ジュリー&ジュリアとか、プラダを着た悪魔でも拝見。

 還暦男女の不倫の話だから、それほど面白くはなかったけど。娘役のゾーイカザンと、ケイトリンフィッツジェラルドが可愛すぎたからメモ。

 

Amazon Kindle

『10年後、後悔しないための自分の道の選び方』ボブ・トビン

 私の好きなタイプの自己啓発本。特にぐっときたのは、大学院に進学するなら、ブランド(ネームバリュー)も意識すること。社会人になってから学びなおすこと、同じ志をもった人たちと議論を交わすこと、ある程度名のとおったところにいかないと意味がないということ、腑に落ちた。私の次のステップにいかそうと決意。

 

スローフードの奇跡』カルロペトリーニ

 私がイタリア行きを意識するきっかけとなったスローフードの本を再読。

内容は見事に忘れていたのだけど、やはり読むとわくわくする。キーワードは「おいしい、きれい、ただしい」。おいしいは世の中のほとんどの食べ物がクリアしていると思うけど、きれいとただしいをクリアする食品は少ないというか、自分では識別不可能なのが現実。きれいとは、その食品の生産流通プロセスが環境に配慮されていたかどうか。フードマイレージもこの領域。正しいとは、その食品の生産過程で不当な扱いを受けた人々がいない。フェアトレードとはこの領域。

食だけじゃなく、世界の仕組みすべてに知的好奇心を持ち続けて、正しい(こうあるべき)と思える選択を求められているのだ。

 スローフードの原点には、「有限な資源を、後の世代にも受け継いでいく」という考えがあるように思う。これは私が最近考えている反出生主義とは対極にある。今後も人間が生き続けることを前提にしているから。でもイタリアの出生率は日本よりも低いから、そこは謎。イタリア人って子供をもつことにどんな意識なんだろう。。

 で、イタリア帰国後のプランは未定中の未定なのだけど、食と社会生活の研究をしたいと思い始めた。それで大学院に進もうかなと。

 もう一つ感慨深かったのは、「時間がかかってもいいじゃないか」ということ。自分がくちに入れる食品を時間をかけて選び、調理し、食べることに時間をかける生き方をしたいと思った。北新地のサラリーマン・OLがコンビニの袋を持って歩いている姿をみると胸がいたむ。もっとおいしいもの、背景の見える食事ができればいいのにと。

でもかれらはそこに問題意識を持っていない。それでも十分暮らして生きている。そこが大きなわたしの葛藤。私の「こうあるべき」を押し付けず、「こうあったらよくない?」とフランクに問いかけられる活動家、社会変革家でありたいね。

ガストロノミーは、幸せを追求する学問という観点も忘れたくない。私は幸せを感じていなくて、幸せを追い求めるがゆえに、食を求めてイタリアにいく。まさに私の行動って、ガストロノミー的じゃない?と悦に入る。

 別の雑誌で、コンフォートフードの特集を見た。オーガニックとか関係なしに、純粋に自分がほっとする食事のことがコンフォートフードと呼ばれるそう。コロナで塞ぎがちな生活で、ほっとする食事・食べたくなるものを調査すると、アメリカ人はピザ、チョコレート、クッキーなどが上位にくるみたい。日本だとおにぎりなのかしら?

 

ひとまず最近のインプットから学んだことを書きなぐったけれど、

やっぱりスローフードの考え方が好き。

「正しいかそうじゃないか」で生きることって息が詰まりそうになるんだけど、情報過多の社会で、自分の選択に責任をもつことって、文化レベルが高くないとできないことじゃないかなと思う。どんな分野にも知的好奇心を持ち続けたいし。

 

またもう少ししたら、考えを整理しよう。